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川上 澄生

川上澄生は、大正から昭和にかけて、独自のノスタルジーと異国情緒あふれる世界観を築き上げた版画家です。彼は「木版画の詩人」とも称され、江戸末期の横浜絵や開化絵が持っていた「異国への憧憬」を、近代的な洗練と素朴なヒューマニズムで再構築しました。

川上澄生の芸術を語る上で欠かせないキーワードは南蛮です。彼は、16世紀の南蛮文化や明治の文明開化といった、日本と西洋が交差する瞬間の色彩や風俗をこよなく愛しました。トランプの絵柄、パイプをくゆらす洋装の紳士、ビロードのドレスを纏った貴婦人といったモチーフを、あえて稚拙さを残したような温かみのある線と、透明感のある色彩で描き出しました。その作風は、洗練された都会的なセンスを持ちながらも、どこか童話のような懐かしさを抱かせます。
彼の代表作「初夏の風」は、かの棟方志功が版画の道を志すきっかけとなったことでも有名です。当時の版画界が、平塚運一のような力強い「黒と白」の表現に向かっていた中で、川上の作品が放つ、軽やかで詩情豊かな表現は極めて異彩を放っていました。彼は自ら詩も綴り、自作の詩と絵を組み合わせた「詩画集」という形式でも多くの傑作を残しています。絵と文字が画面の中で一体となり、ひとつの物語を奏でるそのスタイルは、江戸の版本の伝統を近代の感性で蘇らせたものでした。
川上は、自らの内面にある「美しき異国」を版木に刻み続けました。川上の版画は、特定の国や時代を超えた、人間の心の中にある「まだ見ぬ異郷への憧れ」を形にしたものです。その優しく、時に哀愁を帯びた作品群はモダンな普遍性を持ち続けています。
川上 澄生