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Kunichika / Karukaya Doshin, Sawamura Tossho

SKU: C15212
作品
年代 : 明治2年
サイズ : 大判
刷 : 良
保存 : 良
詳細 : 少汚れ

ディレクターコメント
国周は周信及び豊国三代の門人で、小島烏水によって「明治の写楽」と称せられる。3枚続に役者一人を描くという新しい構成は国周が創始したとされる。明治期における役者絵浮世絵師の代表的存在であり、作品数も多く、明治演劇史の資料としても大変価値がある。
国周は自らも認めているほどの変わった性格をしていたという。住いと妻を変えることが癖で、本人によると転居は117回であり、同じく転居の多かった北斎と比べ「絵は北斎には及ばないが、転居数では勝っている」と誇っていたという。妻も40人余り変え、長続きすることは無かった。酒と遊びが大好きで、画料が入っても宵越しの金は持たないとばかりにすぐ使ってしまい、晩年は着物一枚で過ごし舞台に出る役者をスケッチする「中見」の際には版元から着物を貸してもらうほどだったという。しかし困っている人を見ると助けずにはいられず、時には来客のものまで与えてしまうという非常識ぶりを発揮した。
具足屋版役者大首絵は22枚の連作で、豊国三代による錦昇堂版役者大首絵を念頭に置いての制作と思われる。絵の周囲には役者ゆかりの紋や文様を散りばめて枠取りし、版技法にも贅を尽くした実に力の入った作品である。同年芳虎はこれに対抗して同様の大顔絵を版元平野屋新蔵から刊行したが、、軍配は国周に上がった。これによって国周は役者似顔絵師として第一人者の地位を不動のものとした。


Information
Date : 1869
Size : O-ban
Impression : Good
Condition : Good
Detail : Slight browning