0

小泉 癸巳男

小泉癸巳男は、大正から昭和にかけて、変貌ゆく都市の姿を執念ともいえる情熱で刻み続けた、版画家です。
彼は戸張孤雁に師事しましたが、その作風は他の作家たちとは一線を画す、極めて写実的で精緻な「記録性」に裏打ちされていました。

小泉の金字塔といえる仕事は、昭和3年から約12年もの歳月をかけて完成させた「昭和大東京百図絵」です。関東大震災からの復興を遂げ、モダンな都市へと生まれ変わった東京の風景を、全100図という圧倒的なスケールで描き出しました。彼の版画には、完成したばかりの国会議事堂やモダンな橋梁、活気あふれる商店街といった新しい東京の光景が、驚くほど緻密な線と多色摺りの豊かな色彩で定着されています。それは単なる風景画ではなく、変わりゆく時代の息遣いを木版という伝統的なメディアで記録しようとした、壮大なドキュメンタリーでもありました。

技法面において、伝統的な彫りの技術を深く研究しつつも、それを近代的な遠近法や光の表現と融合させました。彼の彫り跡は極めて細かく、建物の外壁の質感や行き交う人々の服装に至るまで、執拗なまでのこだわりが見て取れます。平塚運一が「黒と白」の抽象的な強さを求めたのに対し、小泉はあくまで「現実の豊穣さ」を色彩によって再現することに心血を注ぎました。
小泉癸巳男の作品は、写真が普及し始めた時代において、なお「版画でしか表現し得ない都市の情緒」を追求し続けた結果であり、彼の刻んだ100の風景は、私たちが失ってしまった「かつての東京」を鮮やかに蘇らせるタイムカプセルのような役割を果たしています。
小泉 癸巳男